北条里城跡

北条には、鎌倉時代から室町中期まで多賀谷修理太夫の館があった。天正の頃まで飯塚氏の館(北条里城)と云われたが、秀吉の四国侵攻によって破却された。
塩見氏、黒河氏の屋敷となり、江戸末期には西の庄屋の屋敷となった。明治になって多賀小学校の校地となる。近藤篤山と黒川石漁の母親、菅女の手植の松と云われる大木(根廻り4.3m)があったが、昭和62年10月、自然に倒れた。切り株は小学校、公民館、東予郷土館に残る。

33.928922,133.093185
アクセス JR壬生川駅より車で約5分
所在地 愛媛県西条市北条
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