劈巌透水

  

           

安永9年(1780年)、当時の来見村庄屋越智喜三左衛門(後に改め「隆右衛門」)が、水不足に苦しむ農民のために、私財を投じ、自らも“のみ”を握って、約10年の歳月をかけて、寛政元年(1789年)に完成させたという。中山川渓谷左岸の岩壁を貫く通水路で、長さは96間(174m)。かなりの難工事で、「伊予の青の洞門」とも讃えられている。その業績は後世に伝えていかなければならない。
その後、明治19年に喜三左衛門の子孫にあたる、越智茂登太氏が5間(9m)の長さの隧道を増築、さらに大正2年には茂登太氏の発議により、大亀又蔵氏が監督になって、60間(109m)の水路を増設した。湯谷口から県道を下って来見橋を渡った左手に史蹟案内板、その小道に沿った左手に「劈巌透水碑」が建立されている。

33.855239,133.012167
アクセス 今治小松自動車道東予丹原ICより車で約10分
所在地 Array
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