蜂ヶ森城址

鞍瀬・峯にある。元弘6年(1333年)、建武の中興により鎌倉幕府は滅ぶが、残党は各地で反乱を起こした。伊予の国では、赤橋重時が惠良(えりょう)城(旧北条市)に立つが、南朝方の土居・得能の連合軍に敗れた。
しかし、いま一つの説が地域に伝わっている。重時は自害と見せかけ密かに城を抜け出し、鞍瀬村に立烏帽子城(面木山山頂)を築き、蜂ヶ森城など数箇所の属城を置いて、再び反した(建武2年=1334年)。南朝方の得能、今岡、大祝(おおほうり)の連合軍2,800余騎に攻められ、蜂ヶ森城に拠る重時の弟・藤丸が斬られ、孤立した立烏帽子城の重時も捉えられ斬首されたという。
その後、村人は重時らの霊を弔うため、この地に、文政4年(1821年)頃、地蔵権現堂を建て、散在していた五輪塔5基、石燈籠6基、宝塔1基、墓碑1基を移転し祀ったという。

33.832351,133.008492
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所在地 愛媛県西条市丹原町鞍瀬
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